2010年03月11日
968) 大阪万国博覧会から40年
こんにちは こんにちは 西のくにから
こんにちは こんにちは 東のくにから
こんにちは こんにちは 世界のひとが
こんにちは こんにちは さくらの国で
1970年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう
この歌は1970年の大阪万国博覧会のテーマソングとして歌われました。我々の世代以上の人はこの歌が自然と口づさむことができるのではないかと思います。何故か知らないうちに記憶されているようです。当時、三波春夫氏が歌っていたと記憶していますが、それ以外にも多くの人がレコードを出していたようです。今から40年前の3月14日に大阪万博博覧会が開催されました。今日のあさひテレビの報道ステーションで、その事が放送され40年も経過したことが思い出されました。当時、当方は中学1年生だったと思います。夏休みに日帰りで行った記憶があります。とても多くの人が行き、人気のあったパビリオンは長蛇の列で1時間以上待つものもあったと思います。今思えば、ディズニーランドで待つ時間の方が長かったかもしれません。限られた時間内での行動だったため、人気のあったアメリカ館屋ソ連館は見ることができなかったと思います。両国は冷たい戦争の最中であり、又、宇宙開発にしのぎを削っていました。1969年にアポロ11号が月面に到着して月の石を採取し、万国博覧会で展示されたため多くの人が月の石を見たさに殺到しました。ソ連館は何故人気があったか良く覚えていません。40年経った今、当方が覚えているのはカナダのケベック館に行ったこと。ケベックはカナダでもフランス語を話す州と知ったことでした。又、三菱未来館にも行ったと記憶しています。しかし、そこに何があったかは覚えていません。
万国博覧会の期間中、6,000万人以上の入場者があったとのことですので、日本人の6割が訪れたことになります。ふと、当時の日本の人口は何人ぐらいだったのだろうかと思い「1970年の日本の人口」とgoogleに入力したところ1億466万人とでてきました。多分1億人を突破した頃ではなかったかと思います。そのサイトは「なんでも比較1970年と2000年」であり、今から10年前との比較ではありますが、とても興味深い数字が並んでいました。1970年の男性の平均寿命は69歳、女性は74歳でしたが、今では10歳以上寿命が延びています。出国者数は125万人に対して2,000万人をはるかに超えています。多くの数字が勿論増えていますが、交通事故死者数は16,765人から10,000人以下となっています。自動車の普及率が22.1%から83.6%まで上がっているにも関わらず、死者が減っていることは何が要因だったのでしょうか?とある有識者が過去を振り返ること、過去にヒントがあると言っていましたが、1970年のデータから何かが読み取れるような気がしました。40年経過した今、あの頃の未来予想がどうなっていたのでしょうか?タイムカプセルを埋めたと思いますが、それは何時掘り起こす事になっているのでしょうか?それとも、すでに掘り起こされているのでしょうか?エレクトロニクスの技術が進歩し、コンピューターも発展しました。多分予想された未来に今なっているのではないかと思われます。
2010年の今年、何らかの節目の年であるような気がします。それは何かわかりませんが....
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1970年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう
この歌は1970年の大阪万国博覧会のテーマソングとして歌われました。我々の世代以上の人はこの歌が自然と口づさむことができるのではないかと思います。何故か知らないうちに記憶されているようです。当時、三波春夫氏が歌っていたと記憶していますが、それ以外にも多くの人がレコードを出していたようです。今から40年前の3月14日に大阪万博博覧会が開催されました。今日のあさひテレビの報道ステーションで、その事が放送され40年も経過したことが思い出されました。当時、当方は中学1年生だったと思います。夏休みに日帰りで行った記憶があります。とても多くの人が行き、人気のあったパビリオンは長蛇の列で1時間以上待つものもあったと思います。今思えば、ディズニーランドで待つ時間の方が長かったかもしれません。限られた時間内での行動だったため、人気のあったアメリカ館屋ソ連館は見ることができなかったと思います。両国は冷たい戦争の最中であり、又、宇宙開発にしのぎを削っていました。1969年にアポロ11号が月面に到着して月の石を採取し、万国博覧会で展示されたため多くの人が月の石を見たさに殺到しました。ソ連館は何故人気があったか良く覚えていません。40年経った今、当方が覚えているのはカナダのケベック館に行ったこと。ケベックはカナダでもフランス語を話す州と知ったことでした。又、三菱未来館にも行ったと記憶しています。しかし、そこに何があったかは覚えていません。
万国博覧会の期間中、6,000万人以上の入場者があったとのことですので、日本人の6割が訪れたことになります。ふと、当時の日本の人口は何人ぐらいだったのだろうかと思い「1970年の日本の人口」とgoogleに入力したところ1億466万人とでてきました。多分1億人を突破した頃ではなかったかと思います。そのサイトは「なんでも比較1970年と2000年」であり、今から10年前との比較ではありますが、とても興味深い数字が並んでいました。1970年の男性の平均寿命は69歳、女性は74歳でしたが、今では10歳以上寿命が延びています。出国者数は125万人に対して2,000万人をはるかに超えています。多くの数字が勿論増えていますが、交通事故死者数は16,765人から10,000人以下となっています。自動車の普及率が22.1%から83.6%まで上がっているにも関わらず、死者が減っていることは何が要因だったのでしょうか?とある有識者が過去を振り返ること、過去にヒントがあると言っていましたが、1970年のデータから何かが読み取れるような気がしました。40年経過した今、あの頃の未来予想がどうなっていたのでしょうか?タイムカプセルを埋めたと思いますが、それは何時掘り起こす事になっているのでしょうか?それとも、すでに掘り起こされているのでしょうか?エレクトロニクスの技術が進歩し、コンピューターも発展しました。多分予想された未来に今なっているのではないかと思われます。
2010年の今年、何らかの節目の年であるような気がします。それは何かわかりませんが....
Posted by walt at 01:20│Comments(0)