2009年09月22日
932) 長寿の祝い
シルバーウィークと呼ばれる連休も半ばを過ぎました。いつの間にかそのように呼ばれていた
とはつい最近まで知りませんでした。今までの敬老の日が9/15でしたが、ハッピィマンデーと
して第3月曜日が敬老の日となりました。そして秋分の日が23日ですので敬老の日の翌日22日が
国民の休日となり5連休となったそうです。しかしこれは毎年のことではなく、次回は2015年だ
そうです。昨日町内の役員さんが敬老の日のお祝いを届けに来てくれました。当方の母親が
喜寿のお祝いとのことでした。お祝いにお米2kgと菓子を届けてもらいました。今年76歳になった
のに喜寿のお祝いなんて1年早いねと言ったばかりでした。そして、御祝い品と共に町内の長寿の
名前が載っていました。当方町内の最高年齢の方は106歳でした。100歳以上の方が数人いました。
長寿のお祝いとして60歳の還暦、77歳の喜寿、88歳の米寿そして88歳の白寿のお祝いがありま
す。99歳の白寿の祝いのことは昨年初めて知りました。親戚のおじいさんが99歳で亡くなったの
ですが、お通夜の時お坊さんが「白寿」であることに触れました。「百」の字から上の一を除くと99と
なり漢字が「白」になることから白寿と呼ばれる事をその時知りました。今朝の読売新聞の裏面の
養命酒の広告に長寿の祝いの説明が載っていました。それによると、70歳の「古稀」、80歳の
「傘寿」、90歳の「卒寿」、108歳の「茶寿」、111歳の「皇寿」もあるとのことでした。
ちなみに「還暦」は60年で十干十二支の組み合わせがひとまわりして、暦が初めに戻る為だそう
です。「古稀」は唐の詩人杜甫の詩で「人生70古来稀なり」にちなんでいるそうです。「喜寿」は
「喜」の草体が七十七と読めること、「傘寿」は「傘」の略字が八十と読めること、「米寿」の「米」の
字が八十八に分解できること、「卒寿」は「卒」の字が九十の字に略され、「茶寿」は「茶」の字の
草冠が二十、その下の部分が八十八となり二十と八十八を足して108になるそうです。最後に
「皇寿」の「皇」の字が白と一、十、一に分解され「白」の99と1と10と1を足して111となるそうです。
昔の人は縁起というか数字合わせで考えた事がよくわかります。なお、還暦は満年齢でその他は
数え年で曰くことが一般的とのことですので母親の76歳が「喜寿」のお祝いとなったようです。
ということは当方が「喜寿」のお祝いをしていなかったということになりました。本人も気が付いて
いなかったようですが、お祝いしなければなりませんね。
やはり日本は2000年以上続いている国家であり、文化が大陸から来たり、独自に生まれて続いて
きたことが分かります。ある意味では複雑ですが、このような文化、伝統は末永く伝えていきたい
ものですね。
とはつい最近まで知りませんでした。今までの敬老の日が9/15でしたが、ハッピィマンデーと
して第3月曜日が敬老の日となりました。そして秋分の日が23日ですので敬老の日の翌日22日が
国民の休日となり5連休となったそうです。しかしこれは毎年のことではなく、次回は2015年だ
そうです。昨日町内の役員さんが敬老の日のお祝いを届けに来てくれました。当方の母親が
喜寿のお祝いとのことでした。お祝いにお米2kgと菓子を届けてもらいました。今年76歳になった
のに喜寿のお祝いなんて1年早いねと言ったばかりでした。そして、御祝い品と共に町内の長寿の
名前が載っていました。当方町内の最高年齢の方は106歳でした。100歳以上の方が数人いました。
長寿のお祝いとして60歳の還暦、77歳の喜寿、88歳の米寿そして88歳の白寿のお祝いがありま
す。99歳の白寿の祝いのことは昨年初めて知りました。親戚のおじいさんが99歳で亡くなったの
ですが、お通夜の時お坊さんが「白寿」であることに触れました。「百」の字から上の一を除くと99と
なり漢字が「白」になることから白寿と呼ばれる事をその時知りました。今朝の読売新聞の裏面の
養命酒の広告に長寿の祝いの説明が載っていました。それによると、70歳の「古稀」、80歳の
「傘寿」、90歳の「卒寿」、108歳の「茶寿」、111歳の「皇寿」もあるとのことでした。
ちなみに「還暦」は60年で十干十二支の組み合わせがひとまわりして、暦が初めに戻る為だそう
です。「古稀」は唐の詩人杜甫の詩で「人生70古来稀なり」にちなんでいるそうです。「喜寿」は
「喜」の草体が七十七と読めること、「傘寿」は「傘」の略字が八十と読めること、「米寿」の「米」の
字が八十八に分解できること、「卒寿」は「卒」の字が九十の字に略され、「茶寿」は「茶」の字の
草冠が二十、その下の部分が八十八となり二十と八十八を足して108になるそうです。最後に
「皇寿」の「皇」の字が白と一、十、一に分解され「白」の99と1と10と1を足して111となるそうです。
昔の人は縁起というか数字合わせで考えた事がよくわかります。なお、還暦は満年齢でその他は
数え年で曰くことが一般的とのことですので母親の76歳が「喜寿」のお祝いとなったようです。
ということは当方が「喜寿」のお祝いをしていなかったということになりました。本人も気が付いて
いなかったようですが、お祝いしなければなりませんね。
やはり日本は2000年以上続いている国家であり、文化が大陸から来たり、独自に生まれて続いて
きたことが分かります。ある意味では複雑ですが、このような文化、伝統は末永く伝えていきたい
ものですね。
Posted by walt at 01:29│Comments(0)